Room No.0212017.04.25
音楽が生まれ続ける場所
福島 節さん、福島 真希さん
Setsu Fukushima & Maki Fukushima
R-STOREがご縁をつないだ物件と、その場所を借りてくださったお客様のその後を訪ねるR-STORE FRIENDS。今回は渋谷区神宮前に音楽スタジオとオフィスを構えるOngakushitsu Inc.にお邪魔してきました。真新しい白木のドア。そのドアをあけると広がっていたのは天窓からの光が気持ちよいラウンジ。思わず顔がほころぶ取材スタッフ。お話を聞く前からワクワクします。
—いやぁ、本当に素敵ですね。募集時の状態を写真で見ていただけにこの変わりように驚いています。では早速インタビューらしい質問で恐縮ですが、この場所を選んだ理由を教えてください。
(節さん)この物件を見つける半年以上前からずっと音楽スタジオ用の物件を探していたんです。内見もかなりの件数を見ました。でも音楽スタジオができる場所って本当に限られていて、条件がかなり厳しいんです。音漏れに関してもですが、天井の高さと空間の広さも重要で、この二つが音の響きにすごく影響するんですよ。
(真希さん)しかも希望はスタジオに自然光が入る事だったので、この点が一番難航しました。
—確かに、普通音楽スタジオって地下にあるイメージですよね。
(節さん)そうですね。地下にある事がほとんどなので、一日中地下で働いて、今日の天気もわからないまま夜になって…って事がざらなんです。もちろんそういう環境が好きな人には良いのですが、僕は息苦しく感じてしまって。アメリカへ録音に行く事があるのですが、アメリカの音楽スタジオってラウンジがあって、プールがあって、キッチンもあったりするんです。まずリラックスして、録音するっていうあの環境に感銘を受けたんです。自分が作るとしたら、そんなスタジオにしたいと探していた中、妻がこの物件を見つけて来てくれて。
(真希さん)このラウンジスペースの天窓、開くんですよ。今でも明るいですが開けると光がワッて入ってきて本当に気持ちが良くて。光と言えば、今回の希望でもあった“自然光が入る音楽スタジオ”にするためにスタジオ部分に窓を作りたいとお願いしたんです。
でも、スタジオの施工をしてくださった防音と音響のプロの方から、音が反射するからやめた方が良いと言われてしまい、迷ったのですが、ここで諦めたら地下じゃない物件を借りた意味がなくなるので、無理を言って作ってもらいました。
—自分たちの作りたい音や作品などにこの物件の特性が活かされる事などありますか?
(節さん)とにかくミュージシャンの方やお客さんの評判が良くて。窓があることによって、ミュージシャンの方々がリラックスして演奏に入ってくれて、それによって仕事のパフォーマンスが上がるんです。この事が本当によかったなって。元々Ongakushitsuという社名を決めた時にも、音が溢れて生まれ続ける場所でありたい、精神としての“音楽室”でありたいと思っていたのですが、この空間が出来た事で精神だけではなく、形として“音楽室”が出来上がってきたなって思っています。
スタジオのオープニングパーティーをしたときに、いつの間にかゲストの方々がセッションを始めて、みんな代わる代わる楽器を弾いたり歌ったりと自然に音楽を楽しんでた、という事があったんです。子どもや普段楽器に触れない人たちもそこに含まれていて、それが余計に嬉しくて。僕らが作りたかったのは、こう云う空間だったんだなぁと実感しました。
—お二人の抽象的なイメージが形になって、精神が宿った場所になったんですね。
(節さん)この場所が元々レストランだった事も良かった気がするんです。居心地がとにかく良くて、そのおかげかパーティーをすると終電を逃すゲストが続出するんです。打ち合わせが終わってもそのままソファーでまどろんでいる人がいたり。
(一同爆笑)
(節さん)居心地良いと思ってもらえて本当に嬉しいです。
—お二人で作り上げていくうえで、誰がどこを担当するとかありましたか?
(節さん)アートディレクションは妻です。イメージボードを描いてくれて、それを基に打ち合わせをして進めると云う感じでした。
(真希さん)アートディレクションと言っても、元々節さんの作りたいトーンがあるので、そのトーンをどのように汲んで、作る方々にどのように共有するかと云う部分を私が担当しました。絵コンテも元々自分の仕事で描くので慣れているのと、お互い美大出身なので、共通言語みたいなものがあるんです。だからそんなに大変な作業では無かったですよ。
—その話(愛が溢れていて)泣きそうです。
—そう言えば、このラウンジスペースの天井って開くんですよね?
開きますよ!今日は天気も良いし開けましょうか。この窓を開けた状態の事を「手動のタレル」って呼んでいるんです。世界的に有名な現代美術家のジェームス・タレルのOpen Skyという作品があるのですが、以前ここに遊びに来てくれた仲の良い美容師さんがこの天窓を開けた所を見て「原宿の、手動のタレルだ」って言ってくれて。
—ピアノが素敵だと伺ったのですが、スタジオのピアノの事を伺っていいですか?
(節さん)ピアノは正直一番こだわりました。ベヒシュタインと云うドイツのピアノで107年前に作られたものです。外側はどこかでリペアされたようですが、中身は当時のままで相当綺麗に使われていた様です。もう一目惚れでした。
これを見つけるまでは新品のピアノを探していて、あらゆるピアノを試奏して回りました。ある作曲家の方に相談した際にベヒシュタインのピアノを見ないとダメだと言われ、その日のうちに訪れてみたら、このピアノがポツンと置いてあったんです。見た目も最高なのですが、弾いてみたら粒建ちが綺麗だけどレトロで、本当にキラキラした音をしていて。普通この大きさでしかも古いピアノだともう少しモコッとした音なんですよ。
(節さん)これはピアノを買うにあたって色々勉強した事なのですが、今回このピアノを運んでから最初に音を出すまで、2週間は寝かせました。猫みたいなものでその場所に慣れるまで待つんです。
これってなんかすごくアーティスティックなお話のように聞こえるのですが、要はその場所の湿度や温度などの環境に慣れてから調律してあげないといけないみたいなんですよね。そうしないとすぐ音が狂ってしまう。調律師さんもベヒシュタインの調律の免許を持っている方に調律していただきました。構造上の問題で誰でも出来るわけではないみたいで。
(節さん)ピアノって育てるものなんです。例えば新品のピアノってなんていうか人間で例えると学生っぽいんです。堅いというか、こなれていないというか。それが色々な人に弾かれていくとキラキラした音に変化していくんですよね。放置されていたピアノは拗ねた音がするんですよ。ピアノだけでは無く他の楽器でもそうだと思いますけどね。このピアノはドイツのコンサートホールにあったようで、沢山弾かれていたみたいなんですよ。
ベヒシュタインってすごく真面目な会社で、結構かっちりした音を出すピアノを作るんですが、その真面目なピアノが歳を取ってやさしくなった感じです。ピアノによっては音を出す事を拒否されていると感じる時もあるんですよ。でもこのピアノは僕のようなピアノを独学で学んだ弾き手でも受け入れてくれる優しいおじいちゃんの様な感じです。既にこのピアノのファンも付いてきていて、このスタジオの顔となる楽器だと思っています。
—音楽プロデューサー、またいち演奏者としてのこだわりがさりげなくもしっかりと反映された素敵な空間についつい長居をしてしまいました。光を浴びて生まれる音楽達がいろいろな場所から聞こえてくるのを楽しみにしています。