Room No.0052014.05.02
日本とデンマークの間、光が巡る部屋。
ボヴェ啓吾さん
Keigo Bove
春一番が吹き荒れるある日、桜がすこしずつぼみ膨らませる春の始まりの日。都立大の駅から徒歩で10分ほど。商店街を抜けていくと、通りに面した築50年のマンションに到着します。真っ白に塗られた共用階段がなんとなくリゾートマンションの風情。今回訪れたお部屋は、室内の中にいるのになんとなく「自然」や「外」を感じるような不思議な手触り感を感じるお部屋です。なぜそんな気分になるのか、お話を聞くに連れわかってきました。よりよく、心地よく、住みたいという想いを取材しました。
―素敵なお部屋ですね。いつから住んでいるのですか?
住み始めて、まもなく3年になりますね。春が終わった頃、たしか5月くらいに引っ越してきたので。長いこと住みたい部屋を探していたんです。緑が見える部屋がいいと探しあてて住んでいたその当時の洗足池の自宅が、取り壊しになったのです。その後いろいろ不動産屋さんも回りました。Google map でここには緑がありそうだな、なんて目星を立てて実際に歩いて探したり。僕は古いものが好きなので、どうしても新築の家には住めないんです。ポイントをいくつか伝えて探してもらいましたが、普通の不動産屋さんにはなかなか伝わらないニュアンスを理解してもらうのが大変なんです。眺望とか広さなど、自分ではどうしようもできない部分(改装できない部分)をポイントとして伝え、手を加えてもいいことを条件に探していました。
—この物件に出合った印象はいかがでしたか?
最初にみた物件の写真で気に入りました。眺望が凄くよかった点と、広さに対して価格も安いし、仕切りをとりはらうことでワンルームとして広々住めそうだなと思い、見に来てすぐに決めました。ただ、はられていた壁紙が気に入らなくて、それを剥がさせてもらえたらもっといいな、と思ってR-STOREのスタッフ、山本さんに相談し、大家さんに交渉しました。
—とても素敵な桜の枝ですね。近くにお花屋さんがあるんですか?
はい。駅から家までの間に3軒くらいあります。定期的に通っているのでお花屋さんにも覚えられてしまいました。最近は良く大きな枝ものを選んで買ってきます。観葉花より枝ものの方が、長く持つし、1〜2ヶ月くらいで枯れてしまってからもドライにして楽しむことができます。僕は日常的に植物を取り入れていたいんですが、そんなにマメではないので、枝ものはちょうどいいんです。水に挿しておくだけでいいし、枯れてもなお、美しい存在感を放ってくれます。
—拝見すると上級者のインテリアですが、お仕事はどんなことをなさっているんですか?
広告会社で、企業のブランディングや非言語・無意識の領域を軸にした商品開発のサポートなどをしています。写真は趣味なんですが、最近はフィルムカメラに凝っています。雨や壁や古い建物を撮影するのが好きなんです。(部屋の中に飾ってある大きな枝ものの写真を示して)これも自分で撮った写真です。昔の窓枠を利用して、飾っています。
—部屋の一部は和室のようですが、もともと襖が入っていたのですか?
大きな襖が4枚入っていましたが、取り外して布をかけ、部屋の片隅に置いてあります。恐らくあとから作った和室だと思うんですが、梁や浅い段差があることで、居間とベッドルームに別れるようにさりげなくゾーニング(間を仕切ること)されていて、ワンルームなんですが空間の使い方に変化をつけることができて住みやすいんです。
—置いてある家具と空間のバランスが絶妙ですね。
父親がデンマーク人なんですが、幼少時代に過ごした実家は古い日本家屋でした。そのため、和の空間にあたり前のように北欧家具が置いてあったんです。「北欧」「アジアン」など、ひとつのスタイルが完成していると落ち着かないと感じるのは、その影響かもしれません。壁の照明や棚なんかは実家からこの部屋に運んだものです。
—古い家具や置物も見られますが、幼いころから骨董や古いものが好きだったんですか?
昔から家の中に古い物が多かったのでそれが落ち着くんです。新品のものを買う時にも、長く使って傷を負ったときに美しさが増すようなものか?という視点で選ぶようにしています。言葉で表現するのは難しいんですが、自分自身が美しいと思うものや形は長いこと変わっていなくて、それに反するものを「とりあえず」で手に入れないようにしているので、断捨離をするってことはあまりありません。
―本棚に並んでいる本にはカバーがかかっていませんが、それはあえてそうしているんですか?
文庫はカバーがかかっていると、本の装丁のさまざまな色が出てくるので、色数が出てこないようにはがしてしまいます。本を読む事が好きで、知らずのうちに少しずつ増えているのですが、同時に色数も増えてしまうんです。本棚もインテリアの一部ですので、必要以上に主張させたくないと思っています。出版社によって素地の色も違うんですよ、新潮社の色が好きです。ちなみに、単行本は一冊ごとに素地の色も大きささえも異なるので並べにくくて困っています(笑)。部屋でゆっくりとコーヒーを飲みながら読書をする、そんな休日が一番贅沢で好きかもしれません。
―家具も小物もなぜか「箱」が多いようですが何か理由があるのですか?
箱好きなんです。箱のなかに小さい世界があると思っています。そういう意味では、家も同じです。日本には短歌や箱庭など、限られた中で世界をどう表現するかという文化があるんです。それを“縮み志向”というらしいのですが、大きな宇宙みたいなものを石庭でどうやって表現するかとか、開いていた扇を、扇子という発想でコンパクトに閉じてしまったりとか。つまり物を省略する文化なんですね。分かりやすく現代でいうと“略語”なんかもそのひとつです。拡大や成長を前提としないそうした日本の志向性がとても好きです。実際に家具として使っている箱の中には、日常的に必要なものを収納したりして使っています。小物として飾る箱には小さなひとつの世界を感じます。たまにレイアウト替えをして楽しんでいます。
—かといって、古道具屋さんのように“THE・昭和の空気”になっていないのがさすがですね。
何がそうさせているのかな…、和に振りすぎないことは意識していますね。集まるもののバランスで、何が心地よいかなと考えて、直感でバランスをとっているんだと思います。しかし、和室の竹の柱はかなりのパワーを持っているので、あれにどのように対峙して行くかと悩みながら改装しました(笑)。扉は学芸大にあるナンセンスという骨董屋さんで手に入れました。恐らく古い洋館の調度品だと思います。古いものは素材がいいものも多いのでお得ですね。
—壁紙を剥がすときには苦労もあったとか、どんなことがあったのですか?
自分の手で改装する、というのは愛着がわくしかけがえがないことでその後も大切にできるんです。しかし壁紙をはがすのは大変でした。ドイツ製のケルヒャーというスチーマーを購入して、蒸気で糊をふやかしながら壁をはがしていきました。始めは素手で道具を使っていたのですが、遅々として進まず、このまだと爪がなくなっちゃう、と思って道具を探したんです。業者さんに頼めば、すぐに作業してくれるのでしょうけど自分でやりたかったんです。最初の1年で壁を仕上げて、それからは少しずつレイアウトを変えたり、家具を揃えたりして現在の形に近づけていきました。
—料理はされますか?
あまりやらないです。やりはじめたらはまってしまいそうな性格だと思います(笑)。母親が陶芸家ということもあって、食器は一般的な一人暮らしの人より持っているかもしれません。。また、コーヒーが好きなので、豆から引いてちゃんと一杯ずつ淹れています。台所も壁をはがして最低限の調理道具や食器を、気に入ったものだけ質実剛健に揃えてあります。
—不自由さを感じることはありますか?
6階でエレベーターがないということくらいです(笑)、僕は家にいることが好きだから、自分の手でやってみたいことがいろいろあって、楽しみながら空間作りをしています。廃材や金属をつかって作品をつくっている水田典寿さんという造形作家の方がいるんですが、彼の住む福生にある米軍ハウスを見せてもらう機会があったんです。そこが本当に素敵な家なんですよ。自分でサンルームを増設したり壁をつくったり、庭にも手をいれていたりして、空間全体に見事な空気がつくられているんです。そんな暮らしを見ていると、本格的に自由に手を入れられる家、住みながら育てていくような家があったらいいな、と憧れてしまいますね。この部屋には満足していますが、都内だとどうしてもマンションが中心になるので、家の外壁や窓など「外」を思うようにすることはなかなか難しいですから、そういう内と外が一体となった環境をどんな風につくって暮らすか、将来はやってみたいと思っています。
—どんな風にその感性を育てていかれたのですか?
フンデルトヴァッサーというオーストリアの建築家の言葉に「人間は5つの皮膚を持つ」というものがあります。それぞれ1.生まれつきの皮膚、2.衣服、3.住居、4.社会環境、5.地球環境のことを指すのですが、これをはじめて聞いた時、妙に納得したんです。自分の部屋は生活の場であるというより、自分の皮膚の内側、自分自身なんだと思うと、やっぱりそれは自分にとって心地の良いものであるべきだと感じました。会社に入社してすぐ、上司に「君たち若い世代は内向きでダメだ。もっと知らないことに飛び込んで、新しい経験をして視野を広げろ」と言われたんですが、もっともだと思う一方で違和感もありました。手の届く範囲の自分の家を大事にしたり、家族や友人を大事にしたり、生活する地域を大事にしたりする「内向き」の感性は、そのままに着実に広げていけば、社会環境や地球環境だって自分自身の問題として自然と考えられるような広がりがある感性なんじゃないかと思うんです。自分が住む家を、自分にとって心地良い空間にするっていうことは、成熟した社会の中で幸福をつくっていく一歩になるんじゃないかと、少し大仰ですけど考えるようになりました。
—リノベーションやものをずっと大切にするという考え方はデンマークの思想でしょうか?
現在、日本に暮らしていると、のっぺりとした新築の家が並んだ景観や、建築的にも美しい産業遺産があっさりと取り壊されてしまうのを目にすることがあり、とても残念に思います。もともと日本では多くの人がより新しい建物を求め、家は数十年単位で建て替えられることを前提に設計されています。1200年代に書かれた「方丈記」の有名な冒頭「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。」なんて、まさに人とその住まいが消えては生まれることを語っています。また伊勢神宮が“式年遷宮”という形で定期的に建て直され続けていることにも表れています。この背景には、地震などの環境的特徴や「無常感」とも言える日本独自の感性文化が関わっていると思うので大切に継承されていくべきだと思います。
デンマークについては、実はあまり良く知らないんです(笑)でも、欧州は基本的に古い家が多いですし、建てて壊してではなくて歴史のある古い建物に長く住むことを価値だと捉えていますよね。それが住まいや街並みの美しさに繋がっているのは間違いないと思います。
言葉を選びながら丁寧に語ってくれたボヴェ啓吾さん。部屋のなかにいると、窓から入る光に包まれて、ぬくもりある家具や内装がいっそう心地よく感じられました。家具や調度品を慈しんで大切に使うということを、自然になさっている姿をみると「住む」ことは身体の声を聞く事なんだと思えてきます。自分が安心できる素材は何か?設備や機能は何か?を知る事から始めてみるのがいいかもしれません。
(文:stillwater 玉置純子/写真:松園多聞)